震災のようす

 

 天地をゆるがす大地震 「9月1日、その日は始業式でした。ガタガタガタ私は読んでいた本もほうり出して、姉さんのいるところへいいました。みれば、ためも、勇も、姉さんも、真青な顔で柱につかまっている。私も夢中で。ギーコンギーコンギーコンとゆれるたびにハタハタと壁がおちます。ガラガラガチャン。ものすごい音に驚いてみると台所の戸棚が倒れたのです。とたんに姉さんがとびだしました。つづいて私も勇もためも。裏の物干し竿へかたくつかまっていると歯医者へいっていたお母様が帰ってきました。『ここより畠が安全ですから』とお母様がいったので畠へかわりました。またゆらゆらとよってきます。三郎は何もしらずこコこコわらったり、キャーキャーさわぐのは、可愛らしいよりむしろにくらしいです。『ヂヤンヂヤンヂヤンヂヤン』半鐘のなるのに気がつきますと、むくむくと真黒な煙が毒蛇のように赤い舌で人家をなめ、こちらの方へむかってきます。『アラツ』大丈夫かしら。わたくしどもの心は皆一棟。お母様は倉をしめました。『大変だ、つなみだ、つなみだ』おばさんが大きな声をたててきます。地震に火事それにつなみ、わたくしどもの心はどんなであったろう。お母様はまだゆらゆらゆれる中を入っていきました。わたくしどもは、お母様のもってこられた着物をき、手ぬぐいをもって表へ出ました。中村さんの玄関に腰をおろし、不安の中で手づかみでお昼をすませました。

 お宮の原へひなんした。つなみはこなかったが火事が心配。あの好きな着物も灰になったら、と思いますとたまらなくなります。山向うの方は真赤な空で、そちらからこちらの空へ真異な煙がむくむくとおそってくる。パチンゴー、横浜の方から聞こえる爆発の音がものすごいです。今夜は野宿します。原にはおおぜいの人々が野宿しています。不安におののく人々はただ無言。どこかのおばさんの『なむあみだぶつ』の声がかすかにきこえるばかり。山向うの方からたえず真異な煙が送られて空をおおっています。エスまでがおそろしいのかゴザの上まであがってきました。」(原文のまま)

 これは1923(大正12)年9月1日、関東大震災の時、横浜のほぼ中心にあった寿尋常小学校の5年生だった駒田恒子さんの作文です。震源地は、相模湾内の海盆最深部あたりといわれています。地震とともに道路は各所に割れ目をつくり、鉄道線路はあめのように曲がり、電柱のほとんどが倒れ、水道管も破裂し、橋などもその多くが崩れおちました。またちょうど昼時であったため、各地に火災が起こり、爆発や焼け崩れる建物の音が被災者の不安をいっそうかりたてていったのでした。

 

 被害状況 このおそろしい大地震は、この日だけで237回、翌2日に91回、9月中の全振動数は721回と記録されました。宅地総面積1,646万壷のうち、被災面積は家屋の焼失面積940万崩、倒壊面積369万崩、計1,309万前で、それは宅地総面積のおよそ8割にあたります。一方被災人口は、全人口448,472人のうち、死者21,384人、行方不明1,951人、そのほか重軽傷者などを加えますと、33,543人にも達しました。

 市内で最も死者の多く出たところは横浜地方裁判所や、横浜郵便局、税関や山下町一帯、吉田橋、柳橋付近、本願寺や末吉橋、宮川橋付近、正金銀行付近や川崎銀行前、南太田町天神坂、戸部御所山、吉浜橋河岸などでした。また東京湾岸、相模湾岸一帯は、例外なくたいへんな被害をうけ、開港後60年余り営々として築きあげてきた横浜の繁栄を一瞬にして灰にしてしまいました。

 市内のほとんどが潰滅状態になり、火災と余震に襲われ続けた市民は不安な状態でした。この混乱のなかで、夜に入りますと、警察などによって「朝鮮人が井戸に毒を入れる・暴動を起こす」などというデマが流されました。警察は地域の治安を守るという名目で在郷軍人会や青年会などを母体にして、町内に自警団を組織させ、武器を貸与しました。

 3日、政府は戒厳令を発動し、軍隊を横浜に出動させました。理由は警察、自警団の中に朝鮮人と見ますと理由もなく殺害するという行為に走るものがいたからです。横浜市内だけでも多数の犠牲者を出してしまいました。この事件の背景には1919(大正8)年3月1日に起きた、朝鮮民族の日本の植民地支配からの独立運動(三・一独立運動)等、朝鮮民族の抵抗に対する日本人の恐怖心と差別意識がありました。また、軍や警察はこの機に乗じて、暴動の扇動や計画を企てたという名目で日本の社会主義者や労働連動の指導者を逮捕したり、殺害してしまうようなことも行いました。

 この大震災に対しては日本全国や外国からもたくさんの同情が寄せられ、多額の見舞金をはじめ、食料品や慰問袋などの援助品が届けられました。復興への努力は市民の立ち上がる意欲と政府や県・市当局の積極的な活動により、新しい横浜としての第一歩が踏み出されました。