市電の開通
路面電車の開通
横浜の市内電車は、神奈川〜大江橋間に1904(明治37)年7月15日、初めて開通しました。日本でいちばん早い京都の市電の開通が1895(明治28)年ですから、時代の先端をいく横浜としては、やや遅い感のある開通でした。
市電の計画は明治28年ころから起こっていま
す。しかし神奈川県議会や人力車従事者の反
対があってなかなかまとまりませんでした。189
9(明治32)年の横浜市議会討議の時は、400人
あまりの人力車従事者が押しかけ、市電賛成派
の議員に暴行を加え、帰途を待ち伏せて乱暴を
働きました。その行為があまりにも目に余るので
警官が出動するような騒ぎもありました。1902
(明治35)年になってようやく各派がまとまり、
横浜市議会も協賛して横浜電気鉄道会社が発
足しました。翌年、会社は伊勢佐木町や関内に
市電を敷設しようとしました。しかし住民は、街
路の状況、商店に不向き、と強く反対して認可
となりませんでした。開通当時、神奈川〜大江
橋間は電車が5分ごとに両方から発車しました。
料金は3銭で朝夕は割引きがありました。
市の経営
開通後つぎつぎと新しい路線が敷かれましたが、1912(大正元)年尾上町・八幡橋間、西の橋・本牧間、弘明寺線が開通するころから会社の経営が苦しくなってきました。料金値上げにからんで、市営にした方がよい、との意見が強くなり、1921(大正10)年620万円で市が買収しました。
都市交通の激化にともない市民に親しまれた市電は、1972(昭和47)年3月31日をもって、横浜から姿を消してしまいました。| 俺、参上!横浜中華街アリーナ銀行市営バスホテル ベイスターズfcそごう国立大学の歴史がわかる |
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